あの頃の

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http://weheartit.com/entry/272066970?context_set=107688168-shadows&context_type=collection

切なくなった。とても。

なんとなく在籍していた会社のことを閲覧していて、今の採用情報はどうなんだろうと興味が湧いたのでチェックしてみた。

英語サイトだったのだけれど、日本人の採用情報など見ていると様々な面で現代風に刷新されていて、当然といえば当然「ずいぶん変わったなあ」という印象だった。

ビデオレター?インタビュー?なるほど。

面接は東京のみ、そのかわり一日で3次まですべて終わる。ずいぶん簡素化されたようだ。

当時はご丁寧にも、東京・大阪・福岡の3箇所で採用試験があった。 しかも3次面接まで3日にわけて実施された。

集団面接はなかった。あれは応募者を、瞬時にふるいにかけられる面接なので効率がいいのだと思う。それとも応募者多数だからか。

私もこの仕事を離れた後、別の企業の採用担当をしたことがあるのだけれど、応募者が複数人、ズラッと部屋に入ってきて着席した瞬間に「見えてくる」のだ。

「ふさわしい人」は最初から光っているので、そうなるとこちら側からはその人以外は見えなくなる。ライトがあたらないというのが分かりやすいかもしれない。

その人の適性や資質、芯の強さ、外見的要素、自社のカラーにあっているかどうかは、経験のある面接官なら見抜くのは容易い。

語学力は二の次で、見込みで採用してもらえるはず。だからTOEICの基準について曖昧にされているのだと思う。運良く二社合格できたけれど、自分などはその時点で十分な英語力とはいえない程度だったので、後から苦労した。

だからうまくいかない場合があるなら、たまたまそのエアラインのカラーに合わなかっただけと思えばいいと思う。あなたには十分素養があるのだと。

そして今は制服チェックなるものがあるとか。

ちなみに自分の頃は「容姿端麗・語学堪能・健康であること」 採用は英字新聞のジャパンタイムズに小さな募集記事が掲載された。採用通知も紙媒体の電報。「サクラササク」だったかな、電報なんてデジタル時代の今の人は意味さえ知らないと思う。

福利厚生や待遇を見ると当時と何も変わりなかった。いわゆる「高待遇」。こんなに恵まれていたんだと今更ながらしみじみ思った。

エアラインクルーの研修センターの動画を見てみると、どうやら今は最新施設の建物で場所も違うところだった。モックアップなどもファースト、ビジネス、エコノミーそれぞれシュミレーションできるような設備の整った教室があった。当時は施設そのものが結構ボロかったのだ。(笑)

今でも目に焼き付いている。長い長い訓練期間を過ごしたキャビンクルー・トレーニングセンター。古臭いスクールバスで同期とともに通ったものだ。私服と不似合いな濃いメイク姿で。

応募者でしか過ぎなかったあの頃にタイムスリップすると、胸が張り裂けそうなくらい切なくなった。

ワクワクする反面、とてつもなくコワいよね。

自分などお呼びでないかもと不安になったり、他の応募者がどれだけスゴイ美人で語学堪能なのかなどと。

果てしないほどの高い壁を感じるのは仕方がないと思う。

実際、名門大学に合格するより競争率が高い狭き門とも言われている。何しろ採用が若干名なのだから。

振り返ってみればよく入社できたものだと恐れ入るほど。でも自分はその年月を耐え抜いて、享受しつつ、意思を貫き通した。

フタを開けてみれば、「こんなだったか」など、やってみてはじめて得心できたのだけれど、そこにどっぷり入り込むようになると、以前の志やありがたみとか、初心はどんどんおざなりになっていくのが人の常。

足を踏み入れた人、多くが「ずっと続ける自信はない。」そんな捨て台詞をはいたりする世界。人というのは幸福な面より、そうでない方に関心がいくものなのかもしれない。

だから採用を夢見て頑張っている人に対して、エラそうに昔のことを書くのが申し訳ない気持ちになった。

気持ちに寄り添うこともできないし、一体自分は何のためにこんなブログを書いているのか原点に戻りたくなった。

今はただ自分のために書いているだけというしかない。公開している限り、読んでいただくのは自由。

ブログの意図は人生の中で最も果敢に自分と闘った、エキサイティングな日々の薄れていくばかりの記憶を書き留めるためだけ。ノスタルジーに勝手に浸る自己満足のための、取るに足りない記録なんだ。

あの時の自分と同じ気持ちの誰かをそっと応援したいという気持ちなど、おこがましいだけなので、封印しようと思う。

これからはエッセイだけにとどめておく予定。