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私が外資系エアラインの客室乗務員になりたいと思ったきっかけ

 

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私は今、自分の歩んできた人生を振り返ることのできる年齢地点にいます。客室乗務員をしたことがあるというだけの、前にも書いたように、今はただの普通の主婦です。

 

最初の記事では、皆さんに「なぜ客室乗務員になりたいのですか」などと偉そうに聞きましたね。

 

 

ですので、外資系客室乗務員になれば、どれだけ素晴らしい生活が待ち受けているのかを書く前に、私自身なぜ客室乗務員になろうとしたのか、何がしたくてその職業を目指したのかなどの経緯を、ざっとお伝えしようと思います。

 

外資系エアライン客室乗務員になりたいと思ったきっかけ 

 

 

 

私の場合は、大学新卒で国内航空会社を考えたことはありませんでした。「客室乗務員になるなど自分などにできるわけがない」と、はなから諦めていたのです。

 

 

それに当時はいつまでも学生気分が抜けなくて、就活に熱心に取り組みもせず、甘い考えのままでいました。

 

 

賢い女性なら、この段階で将来を見据えて自分のしたい仕事、企業研究するのでしょうが、私はその時点では考えが及ばず、はっきり言ってあまり深く考えていませんでした。

精神的にまだ未熟だったのです。

 

 

なんとなくネームバリューに惹かれて入社したのは、一部上場企業のアパレルメーカーでした。

 

 

そこで受付秘書課に新人として配属され、正面玄関の受付や会長・支店長などの秘書も担当していました。

 

配属先は自ら希望したわけでもなく、すべて受け身の会社の指示通りです。最初は与えられた仕事を先輩社員に教えられながらの業務でした。

 

 

第一志望のエアラインに内定をもらった時点で退職しましたが、2年ほどその会社に勤めたことになります。

 

 

そこではとくに不足があったわけではありません。

OLとして恵まれた環境にいた方ですが、仕事にも慣れてきたころ、ある日、心の内なる声が叫んだのです。

 

「何か違う、私のやりたいことはこれだったの?」と。

 

 

このままOLを続けていると、そのうち結婚でもするのかもしれない。

 

そんな自分の人生の青写真が見えたとき、「平々凡々な人生が自分のやりたいことではなかったはず、何か若いうちにしかできないことを仕事を通じてやってみたい。」

こんなふうに自分の中で葛藤が起こったのです。

 

 

「何か違う。」「私には他に何かやることがある。」「本当にやりたいことがあるはずだ。」

 

 

そんな心の声が、とてつもない大きな熱望へと変わりました。

 

 

世間知らずで、いつも誰かに依存していて、何事に対しても受け身だった自分が、やっと自らの力で人生を切り開いていこうとしはじめ、精神的に大人に変わろうと目覚めた時期だったと思います。

 

 

このような時、人は変われるものです。

何かやろうとして遅すぎることは決してありません。

 

 

私は中学生のころから、映画や洋楽好きで海外に関心があり、大学時代に3週間ほどヨーロッパへ海外旅行した際には心が踊り、一度だけでなくこのような旅行が何度もできたら、どれだけ人生が楽しいだろうと憧れを抱いていました。

 

 

ところが、就職してしまうと、現実的にそう長い休みがとれるわけではありません。

 

結婚して家庭を持ったりしたら、なおさら自由に海外へ行くチャンスなどあるわけがない、そう思うと何かやり残した気がしていてもたってもいられなくなりました。

 

「世の中をもって見てみたい、視野を広げたい。」

 

いろいろ、案を考えました。

 

例えば、留学して海外生活をする案は、費用と年齢を考えると有意義ではないなど・・・。

 

 

自分のなりたい姿はあの時の国際線フライトのあの客室乗務員の女性

 

 

そこで最終的に選んだのが、海外暮らしをしながら自立して働くことのできる外資系エアラインの客室乗務員になることだったのです。

 

 

受付秘書の仕事にやりがいを感じなかったわけではありません。

 

ただ自分にもっと高いハードルを設けることで、持っている能力を最大限に発揮できる、接客業の頂点ともいえるようなその仕事に挑戦してみたくなったのです。

 

 

そこには以前、海外旅行で利用した際の、最終的に私と縁のあったエアラインの、ある一人の日本人客室乗務員の方の姿がありました。

 

 

なんて表現したらいいのでしょうか、これまで見たこともないような素敵なタイプのその女性は、フライト中ずっと笑顔で優しく安心感を与えてくれて、まんべんなく乗客に明るく声掛けするような、一流のサービスを身につけた、かわいらしくて知性的な人で、私の目は釘づけになりました。

 

 

学生だった私は、ただただその客室乗務員の方に圧倒されて、まさかのちに自分がそんな職業に就けるなどと夢にも思わず、その後しばらく憧れの気持ちは胸におさめていました。

 

それは国内線のフライトなどでは経験したことのない感覚で、客室乗務員としての一人の女性が、これほどまでに人間的な魅力でもって、イキイキと仕事している姿に強い感動すら覚えたほどでした。

 

 

「何か大きなことをやってみたい。」

心の声が大きくなったその時、あの客室乗務員の女性の姿こそが、まさに自分のなりたい理想の姿だと気づいたのです。

 

 

 

その人は私にとってまさに心の恩人です。

 

たまたま乗り合わせた飛行機で、そんな素敵な方にサービスを受けたことが、その後の自分の人生を変えることになったからです。

 

こんな人が在籍しているエアラインは、どれだけ素晴らしいエアラインなのだろうと強く憧れはじめました。

 

 

普通のOLでは終わりたくない、何かエキサイティングな仕事で海外暮らしをしながら働ける、外資系エアラインの客室乗務員になりたいと思ったとき、真っ先に思い浮かんだのはその人の姿でした。

 

 

何も努力しないで最初からあきらめてしまうのは許せない

 

 

そんな気持ちが強くなった時点では英会話もまったくできず、容姿にも自信がなかった私でしたが、「自分なんてだめだ」と考えるよりは「自分でもできるようになるには、何から始めればいいのか」と考えるようになっていました。

 

 

調べてみると、そのエアラインだけでなく、外資系客室乗務員募集は不定期で若干名の難関だと知りました一旦はあきらめかけたのです。

 

それでもあきらめるよりは、やるだけのことを自分なりに精いっぱいやってみて、それでだめだったとしても悔いは残らないだろうと。

 

 

一番許せなかったのは、何も努力しないで最初からあきらめてしまうことでした。

 

ほんの少しの自分の可能性をひたすら信じて、英語などの勉強を始めて、高いモチベーションも持って頑張っていた、その頃の自分が私は一番好きです。

 

 

それからの生活はどれだけ張り合いのあるものだったか・・・。

仕事帰りに英会話スクール、スイミングスクールに通い、家ではひたすら英語の勉強をしていました。

 

 

受付秘書業務をスキルアップしようという目標をもって、この先目指す仕事にいかそうと一生懸命仕事に励みました。

 

 

勉強以外に私がやっていたのはイメージトレーニング。

 

私が見た憧れの客室乗務員の女性に照らし合わせながら、その制服を着て機内でイキイキと仕事をしている自分の姿を頭に思い浮かべるのです。

 

 

この種のことは信じてもらいにくいことかもしれませんが、私は昔からスピリチュアルなことが好きで、自分の願望は実現するという話を信じていました。

 

 

当時の高校の担任に実力的に難しいと言われていた大学にも、現役合格できました。

 

 

「願えば実現する。」

 

こんなシンプルなことを、なぜ皆信じないのかが不思議です。

 

目に見えないことは信じようとしない人がどれだけ多いことか。

ただ知らないだけなのでしょうか。

こんな大切なことがあるのに・・・。

 

 

けれども、このへんについては、情報だけを求めている方には不必要かもしれないので省略することにします。

 

 

 

さきほどの、毎日を一生懸命頑張っていた日々のことについては、人生半ばを過ぎた今しみじみと、こんな風に思います。

 

 結果よりも、その過程の方がどれだけ大切な時間であるかということを。