こころの遺伝子

 

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負の遺伝子

「こころの遺伝子」というNHKの番組がありました。

=誰にでもひとりは存在する、人生を決定づけてくれた“運命の人”=

=人は別の誰かの生き方や信念を、
いわば“遺伝子”として
受け継ぎながら、自分の人生を歩んでいる=

番組コンセプトの
「遺伝子として受け継いでいる」
ということばには、
若干引いてしまいますが?
番組に登場する各界の著名人ほどの
尊大な人の存在でなくても
もちろん、普通の人々にも
影響を大きく受けたそんな一人や二人はいるということでしょう。

自分に当てはめてみて
誰がいるかと
これまで支え、導いてくれた存在の人のことを
振り返るいい機会になるかもしれません。

誰もが皆、人と人とのつながりやご縁があってこそ
生かされている今の自分があるわけですから。



それはさておき、
美容家、IKKOさんが登場した回で
IKKOさんが下積み時代に
鬼ほど怖い、師匠から
苦言の嵐と
叱責を受け続けた等のエピソードを見ました。

 


番組コンセプトからは離れるのですが
自分にとって
来世がもしあるとしたら
こころの「負」の遺伝子として
刷り込まれそうなある人物の存在を
ふと、思い出したのです。

◯◯航空時代のお目付け役?
鬼教官?
○女史という存在が
自分のなかに存在があります。

仕事上だけでなく
あらゆる社会環境の中で
上下関係という立場から
「高圧的」いや「威圧的」な
態度と行動をとる人種がいるものですが
彼女のそれは
自分史上、あとにもさきに
超える存在はないと思えるくらい
凄いものがあった人でした。

今なら
パワーハラスメントなどという言葉に置き換えられるのでしょうが
その人の
顔と姿を一目、見ただけで
震えあがりそうになるくらいの存在の人など
そういるものではありません・・・。

IKKOさんも当時よく、師匠から
「あなたの親の顔が見たい!」と何度も
叱責されたとのことですが
この種の毒のある言い方は
あまり感心できないものです。

もっともIKKOさんの場合
師匠の影ながらの
「この子を育てたい」という思いが
隠されていたと、いういきさつがありましたが。



一方の
○女史にとっては
そんな毒のあるセリフを吐くことは珍しいことでなく、
外見と内面すべてをさんざん
こきおろされるわ、叱責され続けるわという辛い日々・・・。

とくに訓練生時代は
「いつまでも地味な大阪のOLやってんじゃないわよ」
「性格も外見も陰気くさい、垢抜けしない」と言われ続け
(確かに一理あったのですが)

 

反抗するかのようにド派手メイクに徹したことも・・・。

 

もちろん私だけではなく、誰もが真に受けて傷ついていました。

「頭を使ったことあるの」
「英語もできなければまとまな日本語もできない」と訓練生をバカ呼ばわり。
etc・・・

もっともこれらの苦言・暴言の嵐は
一部の人を除いて
同期のほとんど、また先輩・後輩の多くが
その洗礼を受けたものです。
お嬢様育ちの後輩とは
裁判沙汰があったとかなかったとか。


訓練生から無事、羽ばたいて
しばらくたったあるとき、
偶然、人づてに女史が
「あの子も成長したわね、やせて、ましになったわね。」
(今思えばストレス太り)
といってたのを聞いても
何も心が動かなかったのを今でも覚えています。

その種のお褒めは、信頼関係があってはじめて
喜べたのだと思うのです。

彼女の立場からしてみると
唯一の日本人スーパーヴァイザーとして
規律を徹底して、
統制するために思う存分、上から締め付ける必要があったのでしょうが

 

「あたくしはね、あ~たの◯◯国での母親代わりなのよ!」
とプライベートを心配するようなことを言われたときにも
ただの詮索好きなオバサンとしか思えなかった時もありました。

きついならきついで
一本筋が通っていたなら
私たちのためを思って
鬼の役をしてくれていたと思えたのでしょうが
あきらかな、えこひいきがあったり
女性特有の感情の起伏をぶつけられたりと
統制の流儀に
一貫性が欠落していたため
人からは
心から慕われることがないような
淋しい女性だったのかもしれません。

もちろん、とおの昔に引退されたのですが
彼女の余生はどんなものなのかは
今では知る由もありません。

 

「厳しかったけれどいっぱい教えられた」と言えたならどれだけよかったでしょう。
「教えてはもらったけど、とにかく怖かった、きつかった
あれほどまで締め上げる必要があったの?」
くらいにしか
振り返ってみても
感謝の言葉はほんの少ししか見つからなくて・・・。


けれども
少しづつ、年齢を経るにつれて
女史のことは
少しは受け入れることができたり
言われたことを
今では笑えたりできるようになったのも事実です。

ひとつ思えるのは
当時の彼女は「決して幸せではなかった」のでは?ということです。
傷ついた人ほど人を傷つけるのですから・・・。

たとえ、こころの「負」の遺伝子になったのだとしても
それはそれで
自分の人生にとって必然であったのだと思っています。

彼女もしんどかったんだな・・・
と少し痛みを分かちあえるようになったのも
年の功でしょうか。

ひとつフォローをしておかなければなりません。
そんな彼女でも
プライベートでお付き合い(ひいき)してた一部の人にとっては
いい人だっだそうです。