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最初の印象

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「出会い」の印象というものは人と人があった瞬間からわずか30秒程度で決まるという話を聞いたことがある。

 

例えば新幹線などでたまたま隣り合わせた人と道中、会話を楽しんだりすることになったなどはだいたいその30秒で決まるらしい。

 

新幹線などの長距離に一人で乗るとき、隣席にどんな人物が乗り込んでくるかどきどきしたりする。

イケメンが座るなどまず可能性はないし?むさくるしい系の男性か
こぎれいでかさの低い女性であるかとでは道中の気分に雲泥の差があるように思う?

 

新幹線はまだましだ。


これが国際線の旅になるともっと「どきどき」の確率は高い。

なにせ時間が長いから。

もっともツアーの場合そんなこと心配することがないと思うけれど、
何度も海外一人旅をすると、ブッキングの際の座席のチョイスは考えてしまう。

 

窓際か、通路側か。どっちもどっちだ。
狭いエコノミー席ではお手洗いに立つ際、「すみません」と邪魔する方になるか、

 

邪魔される側になるかという意味で。
眠り込んでいるときにいきなり起こされる不愉快さといったら・・・。

 

逆に窓際の座席なら隣人の様子を横目で見計らって、タイミングを見極めるなどの余計な気遣いがいる。

 


そんなこんなで赤の他人である隣席の人とは、嫌でも関わりあうはめになってしまう。

 

日本人であってほしいか、外国人であってほしいか。
これも、どっちもどっちだ。

日本人ならではの距離を持つことができるけれど、案外気も遣う。後者なら明るくさらっとした感じで過ごせるけれど時にはあまりのストレートさにあきれたりすることもある。

 

老若男女、人種の違いは何でもいいし、関係ない。
人柄と立ち居振る舞いが自分との相性がいいか悪いかという問題。

 

そしてやはり最初の印象がその後を左右するのかもしれない。

 

10数時間もの長いフライト時間の最後の方は皆、退屈で手持ち無沙汰になるから、そういうタイミングになってはじめて会話を始めたりすることもあった。

 

2ミール(食事サービス)後には和やかなムードになり、旅は道連れ・・・。

 

目的地へ渡航する理由など、人それぞれのストーリーがあるもので
なんだ、はじめからもっと話しておけばよかったのと思ったりする。

 

一人旅にはその種の気苦労もあるかわりに、こんな機会でもなければ
話すこともなかっただろう人物たちと話を弾ませたりすることだってある。これが二人なら隣の人と話すことはないのではと思う。

 


話はもとに戻るけれど「出会い」のはじめのその30秒がなんとなく
しっくりいかなかったために、ずっとその人と親しくなることがなかったりするケースはまわりにもよくある話だと思う。

 

逆に、たまたま偶然に会った瞬間、快く挨拶を交わしたり話すきっかけをもてたりしたから、その人との縁を持ち続けることになった場合も多い。

 

考えてみると人との出会いやご縁というものも本当に不思議なもので
瞬間的にその人との係わり合いを知らず知らずのうちに判断しているようだ。

直感的に決めているし、決められている。それが正しいのかどうかは全くわからない。

 

 

だいだい人生なんて「たまたま~したために・・・」ということの連続なのかもしれない。

 

例えば、そのときどきの道のりで自分にとって必要な人物がタイミングよく現れたりするのだけれど、もしあの人が現れていなかったら
その後の自分はどうなってたんだろうなどの事実と仮定にあふれている。

 

「たまたまに~したために・・・した、しなかった」という線引きは
いったい何なのだろうと、常々考えていたけどそれは「自由な意思がする選択肢」の結果である・・・と説く本を今日読んだ。

 

「自由な意思」はこれまでの自分の運命や人生の出来事を一つ一つ
の主導権を握ってきたらしい。
誰でも知らず知らずのうちに「自分の意思」で好きな道を選んできているらしい。

 

それが喜びに満ちた道であっても、苦難にあふれる道であっても
結局は自由な意思が選んだ結果だという。
どうせなら好きな道を選びたい。選べるのなら。